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今泉今右衛門家は代々、色鍋島の制作に携わってきた家である。江戸期は鍋島藩の御用赤絵師、すなわち色鍋島の上絵付け(赤・黄・緑)を施す絵師として、その調合と技術は、代々、一子相伝の秘法として守られ続けてきた。そして、藩の保護を離れる明治以降は、成型から、染付、本窯焼成、赤絵付けと一貫した製造に乗り出し、元禄期の最盛期の色鍋島の復興を大きな目標とし、明治・大正・昭和というめまぐるしく変わる時代を乗り越えた。10代・11代・12代は色鍋島の再興に生涯を捧げ、更に13代は鍋島に吹墨・薄墨の技法を取り入れ独自の世界を確立した。その際、色鍋島の最高の色絵磁器を復興する仕事の中で、鍋島職人の手法、絵具、釉薬、陶土の原料、鍋島の文様・構図などの継承、いわゆる色鍋島の制作という“型”の中での復興はもちろんのこと、それよりも江戸期、大名道具として最高の色絵磁器を作り出すことを目的とし、独自の世界を創り上げた元禄期・鍋島の“高い品格”、“高い格調”を、いかに継承していくかということが最も重要な点であったと思える。
ここで、この“高い品格”“高い格調”という抽象的な、言葉では理解しにくいことを色鍋島の制作に携わる立場から意見を述べさせていただくことにする。
色鍋島の古陶磁と対峙する中で鍋島の“高い品格”“高い格調”を感じさせる、制作の立場から気付く要因はいくつかあるが、その中でも「墨はじき」という技法を通して見てみることにする。「墨はじき」とは鍋島・古伊万里でよく使われた白抜きの技法である。技法の手順としては、まず墨で文様を描き、その上を染付で濃む(注1)。すると墨に入っている膠(にかわ)分が撥水剤の役目をし、墨で描いた部分が染付の絵具をはじく。その後、素焼きの窯で焼くと墨が焼き飛び白抜きの文様が現われるという、染織のろうけつとよく似た技法である。
しかし、この「墨はじき」の技法は古伊万里、鍋島両方で使われているものの、使う目的、いわば白抜きの目的というものが少し違うような気がする。それは、古伊万里では「墨はじき」を白抜きによる文様表現ということで終始していることが多いことに対し、鍋島では「墨はじき」による白抜きを、主文様を引き立たせるための脇役の表現方法という目的を感じさせてくれることである。「墨はじき」によって描かれた個所は染付の線描きがされていない分、染付の線描きされた個所と比べるとやさしい控えめな印象を与える。鍋島ではその特性を最大限に生かすために、この「墨はじき」が主文様の背景に使われることが多い。「色鍋島椿繋ぎ文変形皿」「色鍋島青海波牡丹文皿」による「紗綾型文」「青海波文」という文様は、染付の線描きによって描かれても構わないような文様であるが、それぞれ「椿」「牡丹」を引き立たせるための脇役の文様として、「墨はじき」の白抜きの技法により描かれている。それよりも更にその特性を感じさせてくれるのが、「色鍋島椿繋ぎ文千代口」「鍋島雪輪菊水仙文皿」の作品である。この両方の縦線、放射線状の文様は一見、染付で描かれたように見えるが、よく見ると白に筆の打込みの跡が見られ、白によって、いわゆる「墨はじき」による文様ということが解る。染付で書いてもよさそうなところを、あえて一手間二手間かけて、主文様を引き立たせるために「墨はじき」の技法を使い描く、鍋島らしい神経の遣い方である。
鍋島の古陶磁を見ていくとき、または、鍋島の制作に携わっていく中で、このような目には見えない心配りを随所に見ることが出来る。目に見えるところに神経を遣うのは当然のことではあるが、鍋島の世界では、このような、「墨はじき」の技法のような、目に見えない所に、神経と手間を惜しまない、何かこの感覚が鍋島の“高い品格”“高い格調”を醸し出す要因になっているような気がするのである。鍋島ではこの「墨はじき」の技法を含め、格調高い木盃型の形状、気品高い柞灰釉、高い高台、櫛目などの高台書き、表書きに匹敵する程の裏書き、緊張感のある筆致、斬新且つ精巧な構図など、それら一つ一つの細かい神経と手間の集合によって、世界に類を見ない最高の色絵磁器が創り出されている。
私は昨年2月、14代今右衛門を襲名した。鍋島の代々の仕事を継承していく中で鍋島の品格と格調をいかに守り創出するかを今後の目標とする覚悟である。その中で、この「墨はじき」のような、目に見えないところへの神経と手間を大事にすることをひとつの信念として取り組んでいきたいと思っている。
注1 塗ることを有田では「濃(だ)む」という。
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「小さな蕾」(創樹社美術出版刊) 2003年 3月号に掲載 |
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